Harry Pearce / Eating With The Eyes

Added on by Yusuke Nakajima.

多くのひとにとって旅は非日常の連続です。なかには、わが身に起こった想像を遥かに超える数々の体験を記録するひともいるでしょう。写真を撮る。旅日記を書く。チケットを保管する。名物を入手する。その方法はひとそれぞれです。
日々想像力を働かせて創造するクリエイターたちは、旅を通じて一体どんなことに興味を示し、記憶をとどめておくのでしょうか?

Harry Pearce(ハリー・ピアース)は、世界でもっとも大規模なインディペンデントのデザインコンサルタントであるPentagram(ペンタグラム)のパートナーを務めています。特にここ3年は、世界でもっとも著名なブランドやアーティストと協働し、アイデンティティ・インスタレーション・パッケージ・書籍デザインの側面から尽力してきました。

グラフィックデザイナーという職能がある一方で、写真家・永遠の楽観主義者・人権活動家・夢日記をつける・アクシデントによく遭遇するなど、ユニークなエピソードには事欠きません。
写真に関しては、イングランド西部で過ごした幼少期にルーツがあります。自身の父親からペンタックスのカメラを贈られた以来、思いがけない出来事に出くわしたら写真を撮って注意深く記録するようになりました。

本書には、ピアースが10年以上にわたる旅路のなかで世界中で撮り収めた写真イメージの集大成が収録されています。
彼は日本語の「目で食べる(Eating With The Eyes)」という言い習わしに感銘を受け、このユニークな視覚的瞑想へと思い至ったそうです。わたしたちを取り巻く世界に存在する常に強烈なインパクトを放つものたちを、時に悲劇的に、時におもしろく繋ぎ合わせています。

ピアースの捉えた情景は、現地の住民にとってはありふれているがゆえに看過してしまうようなことだったり、読者によっては全く興味をそそられないものかもしれません。また、写真うつりのよさで映えるように見えるだけで、現場はもっと陳腐で取るに足りない場合も十分にありえます。
仮にそうだったとしても、彼の琴線に触れたという事実は変わりません。その証に、どの写真も詩的でドラマチックな印象を受けます。もちろん写真の腕前もあるでしょうが、彼なりに好奇心をそそられたり、あるいは美しいと感じた瞬間にシャッターを切ったのだろうということがよく伝わってきます。

写真は否応なく撮影者というフィルターを通らざるをえない表現ですが、自分にはない新たな視点をもたらしてくれるというメリットがあるのです。

Harry Pearce / Eating With The Eyes
Unit Editions
282 pages
Softcover: Foiled dust jacket,  French-folded pages, Ota-bound
170mm x 230mm
English
ISBN: 978-0-9932316-3-6
2015

7,900円+税
Sorry, SOLD OUT

Spin: 360°

Added on by Yusuke Nakajima.

佇まいから中身を物語るブックデザイン。ウェブサイトの印象を決定づけるレイアウト。企業のブランドイメージを左右するコーポレートアイデンティティ。あるものの価値を最大限に引き出すブランディング。製品の売れ行きに直結するパッケージ。
これらはすべて、グラフィックデザイナーの職能のほんの一例です。クライアントや時代の移り変わりなどあらゆる要因に応じて、その都度変貌を遂げていきます。

これだけ多岐にわたるのだから、おのずと彼らの関心の幅も広がるのは想像に難くありません。
今回はグラフィックデザインを始点として、出版という別の領域へと拡張していくSpin(スピン)の活動を紹介します。

ロンドンのグラフィックデザインシーンを牽引するデザインスタジオとして知れ渡るSpinは、クリエイティブディレクターを務めるTony Brook(トニー・ブルック)が創設しました。
余分な装飾を削ぎ落としたミニマルなデザインは、その大胆さで見る者に強烈なインパクトを与えます。
ますます複雑になっていくニーズに対して、新鮮で疑いようのないアイディアで応えていく彼らの姿勢に信頼を置くクライアントは後を絶ちません。その柔軟さは、従来の枠に捉われない多様な活動分野にも反映されています。

こうした活動の一環で、ブルックは著述家のAdrian Shaughnessy(エイドリアン・ショーネシー)とともにグラフィックデザインにまつわる出版社のUnit Editions(ユニット・エディションズ)を立ち上げました。
既存の出版社はあまり取り上げなかったとしても、グラフィックデザインを語るうえで欠かすことのできないテーマを厳選している点に特徴を見出せます。例えば、グラフィックデザインの巨匠であるWim Crouwel(ウィム・クロウェル)やHerb Lubalin(ハーブ・ルバーリン)といったデザインの巨匠たちのモノグラフ、また、コーポレートアイデンティティにまつわるデザインマニュアルの概論をまとめた著書などがあります。

Spinの20年余にわたる活動をまとめたモノグラフが、Unit Editionsより出版されました。
制作に1年以上を費やしたという520ページにも及ぶ本書では、単にアートワークの図版を羅列するのではなく、インスタレーションの風景やスナップ写真、映像のキャプチャーといった関連資料が随所に織り交ぜられています。
その仕事ぶりが広範にわたることが伝わってくる一方で、あらゆる要素を一冊にまとめるとなるとどうしても散漫しがちです。けれど、そこは彼らの腕の見せどころ。緩急のついたページ構成やモノトーンを基調としたイメージコントロールにより、全体を通じて統一感のあるレイアウトを実現しました。この結果、一貫性があり完成度の高い彼らのデザインがいかに世の中へ貢献しているのかが手に取るようにしてわかるコンテンツに仕上がっています。

先述のウィム・クロウェルや彼の設立したTotal Designに在籍したBen Bos(ベン・ボス)をはじめ、グラフィックデザイン界の重鎮たちの寄稿文を多数収録し、有益な文献をも兼ねています。
グラフィックデザインに関心を寄せるすべてのひとにとって必見の名著です。

Spin: 360°
Unit Editions
520 pages
Hardback
203mm x 258mm
English
ISBN: 978-0-9575114-8-4
2015

16,600円+税
Sorry, SOLD OUT

Shiro Kuramata

Added on by Yusuke Nakajima.

哲学・思想・文学・建築…あらゆる領域において「ポストモダン」というキーワードは度々登場します。デザイン家具の世界で担い手となったのは、1981年に結成された多国籍からなるデザイナー集団「メンフィス」でした。

当時イタリアを拠点とし活動していた建築家・インダストリアルデザイナーのEttore Sottsass(エットレ・ソットサス、1917年オーストリア・インスブルック生まれ)が先導し、彼に共鳴した世界各国のデザイナーたちがこぞって参加しました。
モダニズムが追求してきた機能性や合理性を重視する価値観、いわゆる「グッド・デザイン」に対して疑問を呈し、感覚的でユーモアにあふれたデザインを試みました。
総じて刺激的ともいえるほど鮮やかな色彩や、創意に富んだフォルムを多用した奇抜なデザインが特徴です。国際的な家具デザインの祭典であるミラノ・サローネをはじめ多くの展覧会で大きな衝撃を与え、次第に勢力を拡大していきました。
世界のデザインや建築に影響を及ぼしたものの、その革新的なアプローチはあまりに前衛的だったため、賞賛と同等に批判も殺到していたようです。

今回は参加メンバーのひとり、倉俣史朗の完全版ともいえるモノグラフを紹介します。

1934年に東京に生まれた倉俣は、インテリア、プロダクト、家具、果ては空間デザインと幅広いジャンルの作品を手がけ、ポストモダン家具の旗手として一時代を築きました。目覚ましい活躍ぶりをみる前に、まずは彼のキャリアの始点までさかのぼってみましょう。

桑沢デザイン研究所で家具製作を学んだのち、家具製造の「帝国」を経て、婦人服を扱う「三愛」の宣伝課に企業内デザイナーとして7年間在籍しました。一口にデザインといってもその仕事内容は多岐にわたり、広告やプライスタグといったグラフィックデザインからショップインテリアやディスプレイデザインと何役もこなしていたようです。ここでの経験が、のちの彼のキャリアステップに大きな影響を及ぼします。

1965年には倉俣デザイン事務所を設立し、独立を果たします。
イッセイミヤケの店舗の内装デザインをはじめ、前衛美術作家の高松次郎やグラフィックデザイナーの横尾忠則、挿絵画家・グラフィックデザイナーの宇野亜喜良といったクリエイターとの協働により、精力的に作品の発表を重ねてきました。

卓越した創作力と終わりなき発明のセンスとを最大限に発揮し、一度みたことのあるひとならば一目みただけで倉俣の作品だとわかるような独創性の高さは、ひとえに日本ならではの美意識があってこそ。西洋にもアジアにも寄らず、世界的に浸透している伝統的な日本のスタイルともまた離れたところにいます。

素材の質感というのは際立った特色のひとつでしょう。
例えば、メッシュ状のエキスパンドメタルを使ったアームチェア「How High the Moon(ハウ・ハイ・ザ・ムーン)」や、透明なアクリル板のなかに紙製の造花を閉じ込めた椅子「Miss Blanche(ミス・ブランチ)」といった名作たち。これらはいずれも視覚的な面での質感を意識させない、もっと言えば重力を感じさせないような軽やかさがあります。
単なる軽快さだけならば比較的容易に取り入れやすいでしょうが、彼の作品の場合、透明な素材や曲線的なフォルムのなかに直線的な要素を効果的に採り入れることによって、しなやかさと硬質さとが絶妙なバランスのうえに成立しているのです。
近未来的な出で立ちをしながら、侘び寂びの感覚をも彷彿させる。これぞ倉俣デザインの真骨頂ではないでしょうか。

倉俣は1958年から他界する1991年までのあいだに600点以上の作品を発表してきました。
実は、意外にも現存するものが少ないうえに、写真などの記録資料が紛失したりそもそも記録されていなかった作品も少なくなかったとか。
本書ではその全作品を網羅し、それぞれの図版とリストが収録されています。
透明なアクリルのスリーブケースに収められた2冊組の包括的な作品集でありながら、カタログ・レゾネともいえる本書は、倉俣史朗のデザイナーとしての生涯を追うのにうってつけの素晴らしいアーカイブです。

Shiro Kuramata
Phaidon
416 pages
2 Volume Hardback in Acrylic slipcase
238 x 305 mm
English

ISBN: 9780714845005
2013
19,000円+税
SOLD OUT

Robert Adams / The New West

Added on by Yusuke Nakajima.

以前にも紹介しましたが、「ニュー・トポグラフィックス(=ニュートポ)」という写真史のターニングポイントともなったムーブメントがあります。今回はその立役者のひとり、Robert Adams(ロバート・アダムス、1937年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)の名作「The New West」が復刊されたのでご紹介します。

他のニュートポの写真家の作品と同様にアダムスの作品でも、「決定的瞬間」のようなドラマチックな展開が起こっているわけではなく、見栄えのする建築物や景観が被写体になっているわけでもありません。時折人影がみえたとしても、決して躍動感のあるようすは見受けられないのが常です。
心を揺さぶられるような要素が全く削がれたあたかも資料のような写真を目の前にした鑑賞者は、にわかに特別何かしらの感情が芽生えることはないかもしれませんが、次第にじわじわと感極まっていくような不思議な魅力を携えています。

たとえ自然の風景だろうと都市景観だろうと、彼が見据えているものは単なるランドスケープではありません。まるで時が止まってしまったかのような一連の写真は、根底に「人間と自然の境界線」という共通したテーマがあるのです。

第二次世界大戦後、アメリカには大量生産・消費の時代がやってきました。これまで更地だった郊外には巨大なショッピングモールが林立し、瞬く間にその景色が変わっていきます。経済成長にも自然礼賛にも傾倒することなく、極めて中立的なスタンスで、めまぐるしい変化の真っ只中にあるアメリカの姿を見つめているのです。

本作「The New West」の舞台は、アメリカ・コロラド州にあるロッキー山脈のお膝元に位置する街。ここは、彼がアメリカ南西部における郊外の典型とみなして記録をしていた土地です。高速道路、トラクト・ハウス(*1)、低層の社屋やサイン。こうした商業的なアイコンがもつ俗っぽい印象からは乖離され、山や野原といった自然物のごとく、この土地の地理的形状を成すいち構成要素として写しだされています。

1974年初版(Colorado Associated University Press刊)の本書は、今やウォーカー・エヴァンスの[American Photographs]やロバート・フランクの[The Americans]といった不朽の名作に匹敵するクラシックなタイトルとして広く認知され、アメリカの文化や社会を反映した写真作品における指標ともいえる名著の仲間入りを果たしたと称えられてきました。
その功績を後世に残そうと、Wealther KönigやApertureといった錚々たる出版社から再版が繰り返されてきましたが、この度初版40周年を記念して、ドイツのSteidl社より新たに再版されました。

彼とも長年にわたるパートナーシップを結んでいるSteidlですから、ただ初版を復刻させるだけでは済まされません。印刷業から出発し、現在も社内の機械を使って印刷している彼らならではの特技を活かして、不朽の名作を現代に甦らせました。
通常、モノクロ写真集というのはブラックとグレーの2色刷りで印刷されることがほとんどなのですが、本書は3色刷り印刷をしています。微細なコントラストをつけることにより、ただ淡いだけではなく確かな存在感のある光が特徴の、アダムスの作品らしい深みのある風合いがより豊かに表現できます。ちなみに、Steidlから出版されているアダムスのタイトルはほぼ、この3色刷り印刷を採用しています。2色刷り仕様の写真集と見比べてみると、柔らかな光のコントラストやアメリカ西部ならではのゆるやかな空気感が手に取るように伝わってきます。


Robert Adams / The New West
Steidl
136 pages
Tritone
Hardback / Clothbound
248 x 225 mm
English
ISBN: 978-3-86930-900-2
2016
5,900円+税

 

※注釈
*1 トラクトハウス
規格化された団地開発型戸建住宅のこと。日本の建売住宅と通じるものがある。

 

BOTTOM OF THE LAKE

Added on by Yusuke Nakajima.

現実味のある表現は往々にして説得力があり、また共感しやすいという側面があります。一方、空想によって繰り広げられる世界は、ここではないどこかへと連れていってくれるような気がして夢見心地になります。それでは、事実と虚構とが織り交ぜられた創作だとしたらどうでしょうか?

アメリカの写真家、Christian Patterson(クリスチャン・パターソン)の作品を例にとりながら、その奥深さに目を向けていきます。

1972年にウィスコンシン州フォンデュラクで生まれた彼は、2002年に当時拠点としていたニューヨーク州ブルックリンからテネシー州メンフィスへと移住します。その目的は、世界を代表するカラー写真の旗手ウィリアム・エグルストンのもとで働くためでした。

巨匠の仕事ぶりを近くで見ながら、彼は2005年に初となるプロジェクト「Sound Affect」を始動。時を同じくして、のちに彼の名を知らしめた通算第2作目となるプロジェクト「Redheaded Peckerwood」に着手します。
これは1950年代に起こった大虐殺事件が元になっていますが、本作で繰り広げられる世界は事実と虚構とが錯綜しています。実際の事件現場の風景や捜査資料、当事者たちの所持品という現実に即した要素たち。それらにインスパイアされてつくられたイメージが加えられ、ひとつの作品という形を帯びています。捜査中のメモを彷彿させるような紙切れが挟み込まれたりとリアリティを伴った演出がなされ、手の込んだ創作の醍醐味を覚えます。どこまでが真実に基づくものなのか、どこからがフィクションなのか…巧みなその方法に、両者の境目すらわかりません。

創意工夫に満ちたこの秀作は2011年にイギリスの出版社・MACKから出版されるや否や瞬く間に世界中で反響を呼び、その後繰り返し重版されています(現在は第3版が流通)。

パターソンが手がける新しいシリーズは、彼のルーツともリンクする作品です。
というのも、タイトル「BOTTOM OF THE LAKE」というのは、彼の生まれ故郷の地名「Fond du Lac」の英語表現なのです。

絵画調の湖が映し出される本書の装丁は、彼の生後翌年にあたる1973年当時この街で発行された電話帳(イエローページ)を複写したもの。256ページにわたる中面には、おそらく彼の家族が書き記したであろう印や挟み込まれた紙切れなどがそのままの状態で残されています。
ここをベースに、パターソン自身が制作したドローイングや写真などのビジュアルワークがランダムに差し込まれます。これらは一見無関係に見えますが、きっと彼なりの生まれ故郷に対して抱くイメージがバックボーンとなっているのでしょう。そうした視点からもう一度ページをめくってみると、いささか唐突な印象がした各々のイメージがひと繋がりの表現に見えてくるから不思議です。

実はもうひとつ、インタラクティブな遊び心がちりばめられています。本書に記載されている電話番号に電話をかけると、彼の故郷で採録した野外の音、どこかから見つけてきたアーカイブされたサウンドやパフォーマンスが聞こえてくるのだそう。日本からは試すことができないのが残念です。

彼自身のパーソナルな心情を基盤としたユーモアのある創作は、ファウンドフォトの手法や古道具に価値を見出すような「ものの見方(見立て)」とも通じるような新たな発見をもたらします。

Christian Patterson / BOTTOM OF THE LAKE
Buchhandlung Walther König(König Books)
256 pages
Softcover
210 x 280 mm
2015
ISBN: 978-3-86335-770-2
Sold Out

Paper Airplanes: The Collections of Harry Smith Catalogue Raisonné, Volume I

Added on by Yusuke Nakajima.

世の中にはコレクターと呼ばれるひとたちがいます。古道具、好きなアーティストの写真集、世界中の切手やポストカードなど、蒐集するものは人それぞれです。単にそのコレクションのラインナップだけを見ていても、なかなか当人ほどにのめり込むのは難しいというのが正直なところ。それならば、その背景に目を向けてみてはどうでしょうか?例えば、蒐集者がどんなひとなのか。どうしてこのアイテムを蒐集することになったのか。あるいは、蒐集にまつわるエピソードなど。知られざる一面に触れることで、鑑賞側もより深く楽しめるものなのかもしれません。

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実験映画の映像作家・画家・人類学者・音楽学者・オカルト信仰者であるHarry Smith(ハリー・スミス、1923-1991)は、とりわけビート・ジェネレーション(*1)や前衛美術の領域において比類のない博識者であり影響力のある人物でした。また、 1950~60年代の民族音楽復興の基礎を築いたことでも知られています。

そんなスミス、実は妙なオブジェの蒐集家としての顔をも持ち合わせていたようです。今回、彼のコレクションのカタログ・レゾネ(*2)シリーズがリリースされました。

第一弾は「紙飛行機」。スミスの蒐集コレクションのなかでも指折りの、もっとも風変わりな逸品です。
これらはいずれもスミスが20年以上にわたりニューヨークの街角で拾ってきたもの。本書の巻末には、拾った場所をマッピングした地図が収録されています。

この錚々たるコレクション、実はその総数は明らかではないようです。80年代にこの紙飛行機コレクションのうちの大半にあたる251機がひとつの箱に収めた状態でスミソニアン博物館に寄贈されたのち、94年にはスミスの個人的なアーカイブを担うディレクターのリクエストにより、Anthology Film Archives(アンソロジー・フィルム・アーカイブス(*3))へと移管されました。ここに含まれない残りの紙飛行機たちはどうなってしまったのかはっきりしないのだそう。本書には現存するコレクションを網羅する形でまとめられています。

スミスが「サンプル」と呼んだ紙飛行機の形はさまざまで見応えがあり、眺めているだけで楽しめます。その素材となっているスクラップやジャンクメール(宣伝・勧誘などを目的とした郵便物)に印刷されたフォント・色合い・パターンなどに着目してみましょう。当時の時代感を反映していて、どれも興味深いものです。印刷物にまつわる現存する歴史的アーカイブという観点からみても好奇心をそそります。


そうは言ってもスミスをもっとも魅了した点は、構造の多様性です。あるものはシャープでスピードがでそうな出で立ちをしているし、また別のものはテーブルクロスのように広がったものもある。小さな黄色いのは、物怖じする蛾のようにもみえます。このようにしてよくよく見ていくと、デザイン性や考え方が浮き彫りになってきます。
伝えられることによれば、スミスは友人や訪問者に対して「幼少期にどうやって紙飛行機を作っていたか」とインタビューしていたとか。紙飛行機の折り方についての彼らの証言は、そのデザインにも流行り廃りがあるということを気付かせてくれます。この紙飛行機たちはまた、作り手の過去における表明でもあるのです。


彫刻的なエフェメラでもある紙飛行機は、幼少期、またそれを保存しておこうとする一風変わった熱心なコレクターの工芸品とも言えるでしょう。

Paper Airplanes: The Collections of Harry Smith Catalogue Raisonné, Volume I
J&L Books with Anthology Film Archives
240 pages
Paperback with French flaps
150 x 230 mm
English
ISBN: 978-0-9895311-3-9
2015
Sold Out

 

※注釈
*1 ビート・ジェネレーション
1950年代後半から60年代初頭にかけて台頭した、アメリカ文学界グループの総称。高度経済成長期にあたる当時の大量生産・消費によって成立する社会体制や価値観に対して異を唱え、既成概念に囚われず自由で人間的なあり方を目指した。ヒッピー文化に多大な影響を与えている。
(参考文献:http://fooline.net/beat-generation/

*2 カタログ・レゾネ(Catalogue Raisonné)
ある芸術家の作品、もしくは美術館やコレクターが保有するコレクションについて、その全作品を網羅し編纂したものを指す。

*3 Anthology Film Archives(アンソロジー・フィルム・アーカイブス)
ニューヨーク・マンハッタンにある、実験映画の保存・保管・研究・上映を目的とした非営利団体。
http://anthologyfilmarchives.org/

CARL ANDRE ROBERT BARRY DOUGLAS HUEBLER JOSEPH KOSUTH SOL LEWITT ROBERT MORRIS LAWRENCE WEINER [also known as the 'Xerox Book']

Added on by Yusuke Nakajima.

戦後の現代美術における系譜のうえで大きな指標となった芸術運動のひとつに、コンセプチュアル・アート(Conceptual Art、直訳すると「概念芸術」)があります。これは絵画や彫刻など物質的な作品ではなく、概念そのものによって成立している作品のことを指します。

このムーブメントを掘り下げていくにあたり、「コンセプチュアル・アートの父」と呼ばれたSeth Siegelaub(セス・ジーゲローブ *1)に注目してみましょう。
ギャラリスト・インディペンデントキュレーター・出版者・研究者・公文書保管人・書誌学者といくつもの顔をもつ多才な人物である彼は、今もなお世界中のキュレーター・アーティスト・文化的思想家に対して影響を及ぼし続けています。

2015年12月にアムステルダム市立美術館でジーゲローブの大規模な回顧展が開催されたことに際して、彼の手がけた伝説的な作品集「The Xerox Book(ゼロックス・ブック)」が復刊されました。
本書をもとに、コンセプチュアル・アートの黎明期における彼の大いなる貢献を見ていきます。

遡ること1968年、ジーゲローブは「展覧会を開催する空間=ホワイトキューブ」という固定観念を見直そうと試みました。一方、かねてより展開していた出版活動において、相対的に低コストで制作しディストリビューションできるような出版物をつくることを目指していました。
こうした目論見が重なり、新たな芸術的プラットフォームのひとつのあり方として「紙上展覧会」という発想に至り、その実現に向けて動き出しました。

ジーゲローブによる芸術におけるラディカルな再評価について、彼と密接な協働関係にあったアーティストたちは深く共感しました。彼らに共通するのは、因襲を打破しようという気概があることです。

「紙上展覧会」には、Carl Andre(カール・アンドレ *2)、Robert Barry(ロバート・バリー *3)、Douglas Huebler(ダグラス・ヒューブラー *4)、Joseph Kosuth(ジョセフ・コスース *5)、Sol Lewitt(ソル・ルウィット *6)、Robert Morris(ロバート・モリス *7)、Lawrence Weiner(ローレンス・ウェイナー *8)の7名のアーティストが招聘されました。

ジーゲローブからの命題は、25ページにわたる紙を支持体とした作品を制作すること。
すなわち、印刷物という形に落とし込まれて初めて成立する作品が求められます。それを複写してひとつの本に収録するという段取りです。

パターン化された図柄が連続している表現、複数の図形の配置のバリエーションによってわずかに変化していく表現、文字によって構成された表現など、多種多様な実験的作品が集結し、一冊の本が完成しました。
これは、出版物という形で表現された芸術作品であるアーティストブックの先駆けとなりました。

実は「ゼロックス・ブック」というネーミングには、非常に興味深いエピソードがあります。
当初はコピー機(ゼロックス)で複写することを想定していたのですが、そのプロセスを経ると非常に費用がかかることが判明し、初版の1,000部はその代わりにオフセット印刷で制作されました。1959年に登場したコピー機は非常に画期的である一方、まだまだ高価なものだったのです。
ともすれば論争の火種ともなりうるリスクを負ってでも、この作品の意図を端的に表現するために敢えてこの命名をしたのかもしれません。
このウィットに富む逸話にも、コンセプチュアル・アートにおける真髄が見え隠れしています。

CARL ANDRE ROBERT BARRY DOUGLAS HUEBLER JOSEPH KOSUTH SOL LEWITT ROBERT MORRIS LAWRENCE WEINER [also known as the 'Xerox Book']
Roma Publications
372 pages
Paperback
210 x 280 mm
English
ISBN: 978-9491843525
2015

価格: ¥5,400 +税
Sorry, SOLD OUT

※略歴一覧
*1 Seth Siegelaub(セス・ジーゲローブ)
1941年 アメリカ・ニューヨーク生まれ。

*2 Carl Andre(カール・アンドレ)
1935年 アメリカ・マサチューセッツ生まれ。

*3 Robert Barry(ロバート・バリー)
1936年 アメリカ・ニューヨーク生まれ。

*4 Douglas Huebler(ダグラス・ヒューブラー)
1924年 アメリカ・ミシガン生まれ。

*5 Joseph Kosuth(ジョセフ・コスース)
1945年 アメリカ・オハイオ生まれ。

*6 Sol Lewitt(ソル・ルウィット)
1928年 アメリカ・コネチカット生まれ。

*7 Robert Morris(ロバート・モリス)
1931年 アメリカ・ミズーリ生まれ。

*8 Lawrence Weiner(ローレンス・ウェイナー)
1942年 アメリカ・ニューヨーク生まれ。

Sanne Sannes / Copyright

Added on by Yusuke Nakajima.

1960年代のオランダ写真の文脈を物語るうえで挙げられる写真家は数多いるけれど、独創的な作品で今もなお一部で熱狂的な支持者を増やし続けているSanne Sannes(サンネ・サンネス、1937-1967)の功績は大きなものです。2011年3月にlimArtで開催された彼の日本初となる写真展でその存在を知った方も多いかもしれません。

サンネスの作品は粒子が粗く、クローズアップでピンボケだらけのモノクロ写真。長年抱き続けていた映画監督になりたいという野望によって、被写体の動きが手に取るようにわかる空気感をかもしだすことにつながっています。
捕らえどころがなく、暗く、エロティックで親密。そこに恐怖や危険の匂いが漂います。彼の特徴を一言で表すにはあまりにも難しいです。


被写体の女性たちはだいたいが単独か、時に恋人と思わしき他者と絡み合う姿が映し出されています。サンネスがレンズを向けていることなどお構いなしのように振る舞うようすは、秘め事をを覗き見ているかのような後ろめたさがよぎります。
見るからにエクスタシー状態であろう妖艶な雰囲気を醸し出す彼女たちの姿はまるで少女のように伸びやかで、カメラレンズや写真家にはもちろん、世の男性が女性に求める官能的な女性像に対して媚びることもなく、自由で解き放たれています。
撮影当時は女性は社会的にも制圧を受けていたことは想像に難くなく、こうした時代背景を鑑みても極めてセンセーショナルであったことでしょう。この独特な世界観は一度観てしまうと脳裏に焼き付いて忘れることができません。
この情熱的で恍惚とするような魅惑的なセッションを通じて、本人たちさえも知られざる内面を引き出していきます。

サンネスのアーティスト/写真家としてのキャリアは、1955年に彼の故郷であるオランダ・フローニンゲンのミネルヴァ・アートアカデミーに入学したことを契機として始まりました。
在籍時の専攻は絵画とグラフィックでしたが、副専攻として写真のクラスにも参加していたようです。1959年に写真を主専攻として卒業することができないことがわかると、アートスクールでの活動を続ける意味がないとして退学し、直ちに兵役に召集されました。
この悲劇的な展開のなかでもサンネスはなんとか暗室との接点を得て、自由かつ広範にわたってさまざまな印刷技術にまつわる実験を重ねることができました。その傍ら、空き時間でSmitとともにレッスンを続けていました。
アートスクールに在籍していた束の間のひとときはきっと取るに足りないことなのでしょうが、しかしサンネスが写真家とアーティストとしての礎を築く大事な時期となったことでしょう。

サンネスは決して、自身を写真家としてカテゴライズしていませんでした。彼にとって写真は、自分の芸術表現のためのたかがひとつのツールに過ぎません。それゆえ制作のうえで「悪い」方法や技術を使うことに対しても気後れすることはなかったのでしょう、写真の技術やスタイルについて臆することなく実験を重ねていきました。
ネガを細かく切っては再び貼り付けたり、ニードルやサンドペーパーを使って表面を傷つけたりと、周囲が驚くような手法を果敢に取り入れながら表現していきます。このプロセスによってイメージのディテールは存分に誇張され、ピンボケで描写されたり粒子の荒さを強調していきます。仕上がったプリントにさえも道具を用いてダメージを加えることもありました。
意図的にプリントの技術を巧みに操ること、サンネスがグラフィックデザインの訓練を重ねていたことの影響が色濃くでています。彼は写真のもとの要素をできるだけそぎ落としていき、もっとも伝えたいコアの部分を作品を通じて再現しました。

サンネスが伝説的な存在とならしめる要因は、彼に降りかかった悲劇的な出来事にもあるでしょう。彼は30歳の誕生日の翌日に交通事故に見舞われ、命を奪われました。写真家としてのキャリアはわずか8年、まだ人間としても表現者としても途上の身でした。

短い人生のなかで、20世紀におけるもっとも印象的な写真作品を遺した彼の取り組みを包括的にまとめた本書は、写真界にとっても素晴らしい遺産となりました。

Sanne Sannes / Copyright
Hannival Publishing
352 pages
Hardback
244 x 305 mm
English
ISBN: 9789492081476
2015

7,200円+税
Sorry, SOLD OUT

Melanie Bonajo / MB_Matrix Botanica Vol. 1: Non-Human Persons

Added on by Yusuke Nakajima.

ファウンド・フォト(Found Photo)という言葉を聞いたことはありますか?
自らが撮影した写真を作品とするのではなく、既にあるビジュアルイメージや写真作品をもとに編集し、ひとつの作品ないし写真集に仕上げるというアプローチです。
素材の出自は、蚤の市で放出されていた写真からインターネット上にアップロードされている画像までと多岐にわたります。いつ(When)・どこで(Where)・誰が(Who)・何を(What)・なぜ(Why)・どんなふうにして(How)撮影されたか、写真自体の背景はここでは重要でなく、コンセプトや編集力が要です。

昨年末にPOSTで開催されたレクチャーが記憶に新しい、オランダのデザインチームExperimental Jetset(エクスペリメンタル・ジェットセット)。
彼らが最近手がけた面白いファウンド・フォトの本を紹介してくれました。

オランダのアーティストMelanie Bonajo(メラニー・ボナジョ)は、10年以上の歳月をかけてインターネット上から何千もの動物写真を集めていました。これらの取り組みをシリーズ化した第一弾となる本書では、動物の知られざる生態系に迫ります。

ボナジョの元に集まってきた写真は、動物の行動や種別という切り口で並べ替えられます。彼女のフィルターを通して厳選された一連の写真はどれもユーモアに溢れていて、笑わずに見ていくことなど出来ないほど。私たちはつい、人間だけが固有の認識・言語・文化・土地・習慣を有するだろうと優越感を抱きがちですが、実は動物たちにも彼ら特有の流儀があるのです。

よく考えて構成された愉快なコンテンツは、もはや本という形を帯びたエンターテイメントです。選者のウィットに富んだセンスがここぞとばかり発揮された、ファウンド・フォトの好例でしょう。

Melanie Bonajo / MB_Matrix Botanica—Non-Human Persons
Capricious Publishing
142 pages
Paperback
163 x 240 mm
English
ISBN: 978-0-9898656-8-5
2015
3,800円 +税

Wim Crouwel modernist

Added on by Yusuke Nakajima.

これまでにMevis & van Deursen(メーフィス&ファン・ドゥールセン)、Irma Boom(イルマ・ボーム)、Experimental Jetset(エクスペリメンタル・ジェットセット)といったオランダのグラフィックデザイナーたちの仕事を、彼らがデザインを手がけた本を紹介してきました。
今回は彼らよりも一世代前にあたる、Wim Crouwel(ウィム・クロウェル、1928年オランダ・グローニンゲン生まれ)の仕事に着目してみます。

クロウェルは母国オランダではもちろん、欧米のグラフィックデザイン界において最も重要な人物とみなされています。
郵便切手のデザインや銀行のロゴなど、主にグラフィックデザイナーとして知られていますが、実は彼のキャリアのスタート地点は空間デザインでした。1952年には展覧会の会場構成を行う事務所を、次いで1956年にはインテリアデザイナーとともに事務所を設立しました。ふたつの組織はいずれも文化施設や私企業をクライアントに抱え、美術館や博物館での仕事を手がけることが多かったようです。

とりわけ、オランダ・アイントホーフェンにあるファン・アッベ美術館とのコラボレーションは彼にとって大きな転機となりました。
当時同美術館の館長であったEdy de Wilde(エディ・デ・ウィルデ)はクロウェルを高く評価し、デザイン面での裁量を与えた結果、クロウェルは自由にデザインをする環境を得ました。この時期に、後の活動やアートワークにおける礎を築くことになります。

1963年には、Benno Wissing(ベンノ・ヴィッシング、グラフィック&空間デザイン)、Friso Kramer(フリゾ・クラマー、インダストリアルデザイン)、Paul & Dick Schwarz(ポール・シュヴァルツおよびディック・シュヴァルツ、運営面や経理担当)とともに、デザイン事務所「Total Design(トータルデザイン)」を創設しました。まもなくBen Bos(ベン・ボス、コピーライター&デザイン)が加わりより層が厚くなり、やがて戦後のデザイン界における伝説的な存在として発展していきます。
余談ではありますが、スイスを拠点にするLars Müller Publishers(ラース・ミュラー・パブリッシャーズ)創設者のラース・ミュラーがアシスタントとして一時在籍していました。

主な事業内容としては、大企業を相手にコーポレート・アイデンティティ(CI)やサインシステムのデザインが挙げられます。アムステルダム・スキポール空港のサイン計画や、1970年の大阪万博でのオランダ館のプロデュースなど、社会的にも影響を及ぼすような大規模な仕事で数々の功績を残してきました。

また、ファン・アッベ美術館での経験を生かし、アムステルダム市立美術館のアートディレクションを手がけたことも見逃せません。
印刷に関して言えば、1960年代初頭はシルクスクリーン印刷からの新たな印刷技術への移行期で、オフセット印刷がまだ出始めの頃でした。クロウェルはこれらの印刷にオフセット印刷を積極的に取り入れ、よりソリッドでエッジの利いた表現を可能にしていったのです。
最先端のデザインメソッドや各種技術をふんだんに駆使してつくりあげた展覧会告知用のポスターやカタログのデザインは、半世紀以上の月日を経た現代のわたしたちから見ても先駆的で洗練された印象を受けます。

新たに生まれたものをいち早く取り入れるという姿勢こそ、クロウェルの特性をよくあらわしています。
彼自身は書体デザイナーという認識を持っていたわけではないようですが、グラフィックデザインの一環として書体をデザインすることもありました。
なかでも1967年に手がけたNew Alphabetは、その斬新な出で立ちとコンピュータ時代の到来を見越した発想とがあいまって、特筆すべきものです。コンピュータの液晶モニタ上に表示されたときの可読性を高めるために、直交グリッドとドットを用いた実験的なアルファベットを開発しました。残念ながらコンピュータシステム上での実用には至らなかったのですが、1988年にはロックバンドのアルバムカバーに起用されたりと、思わぬところで日の目を見ることもありました。

オランダで活躍する多くのグラフィックデザイナーたちの例にもれず、彼も後続する若手の育成にも積極的でした。オランダ国内の美術大学はもとより、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートといった名門でも教鞭をとってきました。

本書では彼の手がけた展覧会の会場で撮影された展示風景やグラフィックワークのヴィジュアルはもちろん、彼と同僚や息子たちと写ったショットが織り交ぜらたりと、多種多様な図版が豊富に収録されています。読み応えのあるテキストもあいまって、彼の素晴らしい仕事ぶりを包括的に知ることができます。
クロウェル関連の書籍は軒並み絶版となって久しく、2015年に刊行された本書は新刊として入手できるほぼ唯一のタイトルです(2016年1月現在)。

 

Wim Crouwel modernist
Lecturis
464 pages
Hardcover
170 x 240 mm
English
ISBN: 978-94-6226-147-1
2015

SOLD OUT 

Mevis & Van Deursen / Recollected work

Added on by Yusuke Nakajima.

本書は、現在開催中のSPOTで特集しているオランダのデザインデュオ、Mevis & Van Deursen(メーフィス&ファン・ドゥールセン)が、1988年から2005年にかけてデザインした仕事をまとめた作品集です。

 

紙媒体のデザインを数多く手がけてきた彼らが、自身の作品集を作るにあたり「三次元的な経験を伴う紙媒体のデザインを複写によって収録しても意味がない」という考えに至りました。
これに基づき、これまでに手がけたさまざまなデザインをコラージュのように重ねて再構成し、過去の作品によって全く新しい1冊の作品集を作り出したのです。

 


ページ構成にも彼らなりの緻密さがよく表れていて、単にアートワークを羅列しているわけではなく、それぞれの欄外にはインデックスが付され、巻末のクレジット一覧と対応しています。
アーカイブという役割を全うし、作品集としての完成度を高めています。

本書によって初めて展開された新たな視覚体験は、単なるアーカイブとしての作品集から一歩抜きん出た意義深いものとなりました。
徹底した姿勢で制作した結果、内容の充実と研ぎすまされたグラフィックワークを見事に両立しています。

本という三次元を伴うメディアに対する、彼らの考え方が明確に表現された1冊です。

 

 

Mevis & Van Deursen / Recollected work
ARTIMO
205 Pages
soft cover
offset printing
20.5 x 27.5 cm
ISBN: 978-90-8546-031-X
2005
価格:16,000円 +税

Act of Love

Added on by Yusuke Nakajima.

人それぞれということをあらわす「十人十色」という言い表し方がありますが、愛情表現ほど、このことばがぴったりなこともないのではないでしょうか。

[Acf of Love]は、動物たちの求愛行動をまとめた世界でも稀な「求愛図鑑」です。

これは、グラフィックデザイナーの財津智英子氏が7年以上の歳月をかけて継続してきたリサーチが原案となっています。
あご下の青いラペット(肉垂)を伸ばしてよだれかけのようになった出で立ちでメスを追いかけるベニジュケイ、前傾姿勢で小刻みに身体を震わせて「ムーンウォーク」を披露するキモモマイコドリなど、そのバリエーションは70種類以上に及びます。
動物の種別ではなく、行動の種類により分類された多岐にわたる求愛の集大成となりました。

本書を編纂するにあたり、大きな壁にぶつかります。
それは、資料写真がない動物が多いことでした。そのため、動画のキャプチャーを図版として使用することが不可避です。画質もサイズも異なる図版を並列して一冊の本にしたら、ちぐはぐな印象を与えてしまいかねません。
この問題の解決策として、見開きの本を重ね合わせた一番上のページに図版が収録されているようなシチュエーションを演出しています。
これにより統一感が生まれ、端正で美しい本に仕上がりました。

単にエッジの効いた視覚表現をするのではなく、視覚的観点をもとに問題解決を図るというのは、デザインの大きな役割のひとつです。
その点を踏まえると、揺らがないバックボーンを持つ本書はまさに秀逸なグラフィックワークの賜物です。

一方、本書に収録されたテキストは、要旨が簡潔にまとめられながらも堅苦しさがないので、気負わず興味の赴くままに読み進めていくことができます。

求めるために行動し、本能で表現する。
それは、純粋で強い、根源的な愛。

(相模ゴム工業株式会社のステートメントより抜粋)

わたしたちが個性豊かな動物たちから学ぶことは多いようです。

Act of Love
HUMAN RESEARCH
196 pages
Hardcover
420 x 297mm
English / Japanese
ISBN: 978-4-9908564-0-3
2015/9

価格: 8,000円+税
配送費: 全国一律600円
 

通信販売をご希望の際は、以下のボタンを押してください。PayPalを使ってご注文いただけます。
PayPalのページに切り替わるまでに数秒かかることがございます。

Viviane Sassen / UMBRA

Added on by Yusuke Nakajima.

オランダの写真家・Viviane Sassen(ヴィヴァン・サッセン、1972年 オランダ・アムステルダム生まれ)は、MIU MIUやルイ・ヴィトンといったビックメゾンの広告写真から、「Purple」「花椿」といった雑誌に至るまで、ファッションフォトグラファーとしてめざましい活躍を繰り広げています。
その傍らで自主的な作品制作にも精力的に励んでおり、世界有数の写真賞(アワード)として知られる「ドイツ証券取引所写真賞」の最終選考にノミネートされたり、オランダ国内外の美術館や著名なギャラリーで個展を重ねています。
一時期南アフリカに住んでいた経験は、彼女の作風にオリジナリティをもたらしました。

彼女の作品を語るうえで不可欠な要素、それは「影」です。
鮮やかな色彩、まばゆい光と深い影とが織りなすコントラストの強い情景が、まるで彫刻のようなフォルムをつくります。影になることで輪郭が際立ち、ミステリアスな印象を強めます。
影は、不安や欲望のメタファーとして、記憶と未来への希望というふたつのシンボルとして、また想像と空想の喚起とも捉えられます。

示唆に富むコンセプチュアルなアプローチは独自性と実験的要素にあふれ、リアリズムと抽象表現との巧みな相互作用によって鑑賞者を翻弄します。具象的なモチーフを被写体にしながら、抽象表現へと昇華していく感性は見事なものです。

本書は、2014年にオランダ写真美術館(ロッテルダム)で開催された彼女の個展で発表された[UMBRA]シリーズがもとになっています。
タイトルの[UMBRA]は、ラテン語で「影」という意味。写真だけでなく、映像やドローイングを取り入れながら、彼女がこれまでに主だってテーマに掲げてきた影によって、ページいっぱいに空間的インスタレーションが繰り広げられます。

本書の制作に際して、デザインを手がけたIrma Boom(イルマ・ボーム)の存在を欠かすことはできません。
ユニークな造本で知られる彼女のアートワークに慣れ親しんだひとからすると、本書のたたずまいは一見端正でおとなしい印象を受けるかもしれません。しかし、いざページをめくってみると、イルマらしいウィットに富んでいることを感じさせてくれます。

まずは中面のページに用いられている紙質に着目してみましょう。腰のある光沢紙と、柔らかくざらつきのある薄紙を織り交ぜて綴じられていますが、後者の薄紙をよく見てみると、上部だけ袋とじになっています。これは、ページの4倍サイズの紙を十文字状に折ってから綴じているのです。

上部袋とじをした箇所には、自ずと表面のページだけでなく裏面にもページが生まれます。ここに、本作でコラボレーションをしたアーティスト・詩人のMaria Barnas(マリア・バルナス)の詩が収録されています。軽くめくって覗き込むようにして見るという行為は、どこか秘密めいた感覚を呼び起こします。
紙質や綴じ方によって生まれた緩急のあるページネーションは、読者が本書を見ていくうえでいいリズムを生み出し、写真集という形になることでひとつながりのシーケンスとして完成するのです。

 

Viviane Sassen / UMBRA
Prestel
196 pages
200 color illustrations
Paperback, with flaps
260 x 350 mm
English
ISBN: 978-3-7913-8160-2
2015/10

boom +

Added on by Yusuke Nakajima.

オランダは世界的に見てもグラフィックデザインが非常に発展していますが、なかでもブックデザインに関しては特出した才能をもつデザイナーを多く擁しています。
この流れの第一線を走り続けるIrma Boom(イルマ・ボーム)。彼女は、その斬新かつ唯一無二のブックデザインで受け手を魅了します。その威力は、本自体の内容を問わず「彼女のデザインした本だから手に入れたい」というコレクターが後を絶たないほどです。

本書は、2013年よりIBO(イルマ・ボーム・オフィス)に在籍するグラフィックデザイナー・若林亜希子氏の構想により実現しました。
コンテンツは、元/現IBOスタッフたちによる客観的な視点からの批評により構成されます。

IBOで製作された本の見開きを並列して形成される「ブックスケープ」。
イルマが述べた個人的・デザイン思考的な言葉の集積とそれに対する解釈。
グラフィカルな要素のある円グラフによる分析。
色を着眼点としたインフォグラフィックス。
自身が携わった一連のプロジェクトを線に置き換えた表現。
体験に基づくイルマの格言的な言葉の連なり。
真っ白の束見本で構成されたインスタレーション的グラフィック。
イルマの手がけた本に登場する女性たちのイメージビジュアル。
本の「背」をもとにした着想。

多種多様なアプローチは、各々のユニークな個性はもちろん、それぞれがイルマと仕事をすることで得た糧やイルマとの関係性のあり方の多様さをもあらわしています。

バラエティに富む彼らからの証言で一貫しているのが、「イルマは仕事に対する強い情熱を抱いている」ということ。

プロジェクト実現のためならば依頼者との対立すら厭わない勇敢さや、何事も可能であると確信し、それを実現することに向けた強い熱意を抱き行動するふるまいは、まさに情熱の顕れです。その強い意思は、プロジェクトのあるべき姿を見据えた力強いイメージングによって支えられています。目標を明確に設定したら、あとは労力を惜しまず並々ならぬ集中力で邁進するのみ。協働する相手へ敬意を抱くことはもちろん、自分のやりたいことにも妥協を許さず、シンプルかつ大胆なアウトプットを続けていきます。

本書の後半には、編集者・デザイン評論家の古賀稔章氏によるイルマへのインタビューが収録されています。
ここで展開される彼らの対話を通じて、先ほどの批評とはまた違う角度から彼女のスタンスをうかがい知ることができます。

そのうちのひとつに触れてみましょう。
「独自性のあるデザインは、独自性のある内容の成果」というイルマのことばを端的にあらわす、製作上の重要なプロセスがあります。それは、ミニチュアサイズの見本を製作すること。彼女に言わせれば、建築家が建物の模型をつくる感覚に近いそう。デジタルデバイスのモニタ上でみる二次元的なグラフィックでは計り知れない、三次元ならではの物質的な特性を的確に選択するためには外すことのできないプロセスです。
そこへ美術学校で画家としての訓練を受けたことにより培った豊かな色彩選択が相まって、テキストやイメージの配置を具体的に構成していく。こうして、より完成度の高い本をつくりあげていきます。

boom +
de buitekant, case
178 pages
Softcover,
French fold binding, American dust jacket
165 x 235 mm
English, Japanese
ISBN: 978-94-90913-58-8
2015
価格:5,600円 +税

François Halard / Casa Ghirri

Added on by Yusuke Nakajima.

Luigi Ghirri(ルイジ・ギッリ、1943年 イタリア・レッジョ・エミリア生まれ)は、知る人ぞ知るイタリアの写真家。現代写真に精通しているひとたちからは、カラー写真のパイオニアとして認識されています。
1970年代に写真家としてのキャリアを始めたギッリの手がける写真は、当時広く台頭していたモノクロ写真とは大いにかけ離れたものでした。ヨーロッパの写真界で依然として支配的だった、新しいリアリストやヒューマニスト的な写真の流れからは全く異なるやり方で、彼は極めて個人的な言語としての写真作品を発展させていきます。
枠に囚われない自由さ、色や小さなフォーマットを用いた先駆的な表現、ランドスケープへの関心、岩石と青。こうした要素は彼の作品を特徴づけます。
「もうひとりのイタリアの例外」と称されるウーゴ・ムラスと同様に、彼はイメージにおける理論的解析と写真の新しい道を模索するというふたつの決定的な役割を演じることになったことでしょう。
1992年2月14日の朝、ギッリは49年の生涯を閉じました。早すぎる死もまた、彼の素晴らしい取り組みが意外にも広く知れ渡らなかったことの一因なのかもしれません。

もうひとりの写真家、フランス・アルル生まれのFrançois Halard(フランソワ・ハラルド)。
彼はパリのエコール・デ・ボザールで学んだのちニューヨークに渡り、アメリカ版Vogue・Vanity Fair・GQ・House & Gardenといった雑誌を舞台に仕事をし、この時代におけるもっとも評判のよい著名な建築写真家として知られるようになりました。
場がもつ精神性を的確に捉えながら、アーティストにとってごく個人的な空間を撮影するという仕事を好んで続けています。住人を取り囲むものを通じて住人のポートレイトを創作するというアプローチにおいては、おそらく右に出るものはいないでしょう。

2011年にハラルドの個展が開催されたとき、彼はギッリの妻・パオラに会いました。もともと彼が抱いていたギッリの作品に対する称賛は、ギッリの思い出がつまった空間を撮影したいという願望へと変化していきました。これが契機となり、イタリアのロンコチェージにある彼の自邸を撮影するという着想が生まれ、やがて具現化していくことになります。

念願叶ってハラルドがその憧れの場所を訪れたとき、まるで詩のなかの世界のような雰囲気に満たされた雰囲気を目の当たりにし、すっかり魅了されました。
日常をいとなむ空間に宿る、洗練された美。世界との関わりをもつうえで、美は不可欠でありまた価値のあるものだという、もはや人類学的な探求における究極の表現であることを見出します。
ハラルドの写真を通じたストーリーは、ごく個人的な探求であると同時に回想でもありました。彼のカメラレンズはこの空間のもつ神聖さに向けられ、フォーカスを当てていきます。

一連のイメージは、イタリア文化の本質でありながらも国際的な尺度から見れば未だ知る人ぞ知る存在である、世界中の写真家や文筆家がモチーフにしてきた、かの有名な[Casa Maraparte(マラパルテ邸)]を踏襲しています。
ハラルドによる本書は、ルイジとパオラの自邸を通じて彼らの歴史と思い出やギッリに対する敬愛という二重のオマージュとなりました。
アーティストや文筆家の自邸やスタジオを捉えた写真はありふれていますが、ハラルドの写真のように人が住んでいる気配さえをも映し出したものはあまり類をみないでしょう。
彼の極めて鋭い感受性によって導かれる写真と向き合ったが最後、住み心地のよいこの場所や彼らの歴史に対して感情移入せずにはいられません。あくまで他者という視点で見据えながらも、あたかもハラルドもそこに暮していたかのような臨場感を伴います。
彼らの空間と作品とのつながりを探りつつ、慎み深さや敬意を伴って彼らの親密なポートレイトを描く試み。彼らの不在によって特色づけられたシチュエーションによって、ハラルドは奇妙さを孕む静かな対話をもたらします。まるで、ギッリの写したモランディのアトリエのように。

François Halard / Casa Ghirri
KEHRER
80 pages
Hardcover

230 x 305 mm
English

ISBN: 978-3-86828-397-6
2013

Lucy Helton / TRANSMISSION

Added on by Yusuke Nakajima.

イギリスの写真家・Lucy Helton(ルーシー・ヘルトン)の、ユニークな写真集が入荷しました。

このプロジェクトは彼女の父であるDavid Helton(デイヴィッド・ヘルトン)からインスパイアされたもの。彼は熱心な環境問題に関する専門家でありそれにまつわる執筆をしていましたが、その小説のひとつに「人類は別の惑星に暮らしているために、そこには存在しない世界。地球が自然保護区になることを許容する」というストーリーがありました。このユートピア的なアイディアを始点とし、そこから彼女なりの想像を膨らませて、まったく違う地球、すなわちまったくひと気のない世界を創り出しました。
[Transmission(=伝達)]というタイトルは、それがあるメッセージであることを示唆しています。

ヘルトンは自身の写真に出処不明の科学的想像を適宜織り交ぜ、そのふたつの境界をすっかり曖昧にさせながら新しい物語を注意深く構築していきます。

ここには、人間・動物・昆虫、単葉でさえも存在しません。あらゆる生命の気配をすっかり剥ぎ取った地球の有様が視覚的に構築されています。
強いグレーと黒が用いられたモノクロのイメージは、寒々しく気味悪いようすを演出するのにてきめんです。ロールを開くと最初にあらわれるのが、まるで寂れたひと気のない環境にある生命のない丘。感熱式ファックスによるプリントがその歪みを増幅します。この素材の選定はイメージのテクスチャー(触感)に作用するだけでなく、本プロジェクトの体験といった側面をも強化します。
暗く、粒子が大きく、ぼやけたイメージのいくつかは、先ほどの丘の近影のようにも見えますし、そのほかのものは地質学的形成やそのディテールを示しています。オリジナルの文脈から切り取られたこれらのイメージは、月面やあるいは宇宙に存在する別の惑星のようです。
白と黒のコントラストが強い別のイメージは、氷山の先端や浮氷の塊がみえます。最後の写真では再び丘があらわれますが、ここでは先ほどとは異なった形とサイズからのアプローチでお目見えしています。
この展開を通じて、ヘルトンはイメージのスケールや規模を巧みに扱い、私たちのセンスや知覚と戯れます。イメージのいくつかは縫い合わせたようにも見えますが、こうした戦略はより近くで見たりディテールに目を向けるように私たちに仕向けてきます。
彼女ならではの美的感覚や感受性が盛り込まれたこの視覚的な物語は、ほとんど世界の終わりの後の想像という思いもよらない美しさと、えぐるような空虚感や荒廃といった感覚とが織り交ぜられています。
彼女は自身のコメントのなかで、「このヴィジョンは彼女のこの惑星の未来についての深い関心事を反映している。破壊的な傾向のある人類の活動により地球の景観は劇的に変化し、この惑星における生命の滅亡というアイディアはもはや絵空事ではないでしょう。」と述べています。

本プロジェクトにおいて、ヘルトンは200年の間地球がどのように見て感じてきたかというのを想像します。地球のこの世の終わりを捉えた彼女の写真は、私たちにとって親近感のある景観や環境とかけ離れていて、まるで全く別の惑星をみているかのような気さえします。
そう遠くない将来から送られたこのコミュニケーションは、明快な警鐘です。ヘルトンは私たちにこの寒々しく、ゴツゴツした薄気味悪い岩こそが私たちの未来(あるいは人類のいない未来)だと想像し、またそうした未来に対して心配したり居心地が悪いというふうに自覚して感じてほしいのです。私たちは将来の大惨事を防ぐために今こそその一歩を踏み出すべきだと、強く背中を押されます。

伝統的な書籍のフォーマットの範疇を超えた見た目は、そのメッセージにまつわるアイディアをクリエイティブに反映しています。
本書はヘルトン自身が古いファックス機を使ってすべての写真をプリントするという、退屈かつ消費的なプロセスを経て制作されました。
(※書籍化の際は、合成紙にUV印刷で制作しています。)
異なったサイズの薄い紙にプリントされた9点のパノラマのイメージは互いに覆うようにして重ね合わせた状態で綴じられています。この製本は全体としてひとまとまりのコミュニティが存在し、またその各々が繋がっているという感覚を強めることに一役を買い、独特な触感は心地よさをもたらし、結果としてエレガントかつ繊細なオブジェに仕上がっています。また、ボール紙のチューブに納められた装丁は、ボトルのなかのメッセージを発見したり、空気管を経由して届けられるという体験を生み、読者を楽しませることに余念がありません。

表紙に記載されたテキストは、典型的なタイポグラフィ・記号・専門用語などを踏襲し、実際のファックス送信のレポートを模倣して起用されています。
ミステリーや予期せぬ美しさをともなった装丁とは裏腹に、現在私たちが抱える差し迫った環境問題を取り上げ、視覚的ないし触覚的な体験を推し進めていきます。
スクロールしてみていくという形態からは思慮に富んだエレガントさが際立ちます。ただ時代遅れのファックスのフォーマットを模倣したのではなく、万物は密接につながっているというより大きな哲学を反映しています。

本書の成功は、コンセプトと制作との密接した統合によって成り立っています。単に写真を目立たせるための単刀直入な手段ではなく、収録された作品の力を高めるオリジナリティのある芸術的表現に昇華しています。彼女の写真集は動きのない加工物のようであり、不吉な予感に満ちています。
彼女の作品集は、写真集という媒体を用いて見事なオブジェに仕上げました。独創的でリスクを厭わない創作性における秀逸な好例のひとつです。

参考文献
 ■

Lucy Helton / TRANSMISSION
SILAS FINCH
9 pages
Wrapped paper in a cardboard tube
222 x 800 mm
English
limited edition of 400 copies, signed
ISBN: 9781936063222
2015

Statement and Counter-Statement: Notes on Experimental Jetset

Added on by Yusuke Nakajima.

1997年、Marieke Stolk(マリエケ・ストルク)・Erwin Brinkers(アーウィン・ブリンカーズ)・Danny van den Dungen(ダニー・ファン・デン・ダンゲン)によって、オランダにひとつのグラフィックデザインスタジオ・Experimental Jetset(エクスペリメンタル・ジェットセット)が設立されました。その後約20年以上にわたり、グラフィックデザインの実践の場で第一線を走り続けています。

彼らは印刷物やサイトスペシフィックなインスタレーションに焦点をあて、「言語をオブジェクトに変える」という方法論をとり、多種多様な機関のプロジェクトを手がけてきました。
[Graphic Design: Now in Production](2011年 ウォーカー・アート・センター)や[Ecstatic Alphabets / Heaps of Language](2012年 MoMA[ニューヨーク近代美術館])といったグループ展や、[Kelly 1:1](2002年 カスコ・プロジェクト)・Two or Three Things I Know About Provo(2011年 W139)での個展でうかがい知ることができます。2007年には、MoMAにより幅広い作品がセレクトされ、パーマネントコレクションの仲間入りを果たしました。
メンバーは、2000~2014年にわたりヘリット・リートフェルト・アカデミー、2013年以降はヴェルクプラーツ・タイポグラフィで教鞭を執っており、次世代の育成も担っています。

ポケットサイズ(概ね新書サイズ程度)のペーパーバックである本書は全570ページ、2.8cmほどの厚みがあり、見るからにボリュームがあります。表紙や背の部分がモノクロを踏襲し、小口は中身のページの印刷によって、白と黒の縞模様が浮かび上がります。端正なオブジェ的要素がある造本は、思わず手に取りたくなるような魅力を備えています。

肝心の内容は、画一的なモノグラフというよりは、極めてルーズで個人的なアーカイブとも言えるアプローチで迫ります。
同じくオランダのグラフィックデザイン界を牽引するLinda van Deursen(リンダ・ファン・ドゥールセン)、Mark Owens(マーク・オーウェンズ)、Ian Svenonius(イアン・スベノーニアス)といった面々からの寄稿を収録しています。
リンダのエッセイは短い洞察のシリーズで構成され、3種類の歴史的な写真を熟考する一方で、モダニズムと日常との間にある摩擦を映し出します。
その一方で、マークは3ピースロックバンドの形態に目を向けていきます。特にポスト・パンク美学にフォーカスをあて、「パワー・トリオ」というフォーマルかつコンセプチュアルな3人編成ならではのあり方に言及します。
スベノーニアスは、[13-point program to destroy language]で始まる、ひとつのポップアートのフィクションに触れています。サイケデリックな幕間への脱線の前に、「cool」の流用に関する幾つかの覚書で締めくくります。

図版で構成されるふたつの章も見逃せません。「Ex Situ」と表題をつけられた最初の章は、スタジオにある平台型のスキャナで取り収めた印刷物のアートワークを原寸大(1:1)で収めたページが続きます。第2セクション「In Situ」は、世界中のさまざまな環境で設置されたサイトスペシフィックなインスタレーションを記録しています。

最後はJon Sueda(ジョン・スエーダ)によって編集され導かれる、エクスペリメンタル・ジェットセットによって以前書かれたテキストは、彼らへのインタビュー・レクチャー・往復書簡・SNSへの投稿などの断片で構成される、インデックスないし小辞典的なアンソロジーで結びとなります。

本章は絶えず変化し続ける(そしてずっと矛盾する)論理的思考に関する分割されたコラージュとして機能していると言えるでしょう。

Statement and Counter-Statement: Notes on Experimental Jetset
Roma Publications
570 pages
Paperback
110 x 180 mm
English
ISBN: 978-9491843402
2015
 

Double Elephant

Added on by Yusuke Nakajima.

1973年から74年にかけて、写真家のリー・フリードランダー(*1)とジャーナリストのバートン・ウルフ(*2)は、ニューヨークを拠点にした出版レーベルのDouble Elephant Press(ダブル・エレファント・プレス)で4つのアイコニックなポートフォリオを編集しました。

この企画にはゲイリー・ウィノグランド(*3)、マニュエル・アルヴァレス・ブラボー(*4)、ウォーカー・エバンス(*5)、そしてリー・フリンドランダー自身が名を連ねています。彼らはまさに、20世紀においてもっとも影響力のあったといっても過言でないでしょう。
それぞれ15点の写真作品を収録した4つの限定版のポートフォリオは彼らの厳格なヴィジョンを見事に顕わしていて、ウォーカー・エヴァンスの「奇妙に斬新で心地がよく、さりげなく印象的で、意表を突いて大胆である」ということばをまさに体現しています。

現状では、ダブル・エレファント・プレスについての史料はあまり多くは残っていないのですが、本書には当事者であるウルフが寄稿したテキスト(※英文のみ)が収録されており、これを読み進めることでダブル・エレファント・プレスの真髄に触れることができます。そのなかから特に興味深い内容をピックアップしてみましょう。

1960年代末から70年代初頭、ウルフはスイスのジュネーヴに拠点を置きながら、ロンドンでロナルド・B.キタイ(*6)やデイヴィッド・ホックニー(*7)といった画家たちと交流していました。そのため、彼らの写真プリントの制作過程を見る機会にも恵まれていたそうです。
そのキタイからフリードランダーを紹介され、ウルフとフリードランダーは協働で写真のポートフォリオシリーズを制作する話が持ち上がります。(ちなみにウルフはきっかけとなったことが何だったのかということはあまりよく憶えていないようです)
その構想とは、その写真家がそれぞれお気に入りの写真を15点ほど選定し、それにサインをして、エディションをナンバリングをした100冊のポートフォリオ(最終版はエディション75+アーティストプルーフ15)を制作するというもの。彼らは可能な限り最高の写真ポートフォリオを作りたいという共通の想いを抱き、その実現に向けて邁進します。
フリードランダーは写真家としてその完成度にも妥協することはありません。ポートフォリオは少なくとも500年は長持ちさせることが求められます。彼はその版の1,350点をそれぞれプリントしてサインをしたうえ、マットを特別な紙で手製し、外側にレタリングを付した箱をあつらえ、アーカイブとして高い品質を保つことを望みました。

由来ともなった「ダブル・エレファント」は、実はこんなエピソードが残されています。
ある日、ウルフがキタイのプリンターを観察していたとき、彼がオーダーフォームの上部に『Double Elephant Throughout』と書いているのを見つけました。『double elephant』とは、古くは本のサイズや製本のテクニックを描写するときに使われていたフレーズでしたが、数百年という月日が流れ、次第に最高級の紙やインク、素材に対して使われるようになったそうです。

フリードランダーとも旧知の仲であったウィノグランド。
小さなライカを首にさげているものの、写真を撮るまでずっとジャケットのなかに隠し持っているような茶目っ気のあるブラボー。
20世紀を代表する写真家として不動の地位を築いたエヴァンス。
それぞれの作風からは個性が滲みでていますが、それを装飾性を極力削ぎ落とした端正なブックデザインのポートフォリオブックとして編纂することで、全体としての統一感が生まれました。

本書は写真史における試金石となるであろう、ユニークなコラボレーションプロジェクトに対する敬意にあふれています。

 

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Double Elephant
Lee Friedlander, Walker Evans, Garry Winogrand, Manuel Alvarez Bravo
Edited by Thomas Zander
192 + 32 textbook pages
Clothbound in slipcase
295 x 355 mm
Number of items: 5
English
ISBN 978-3-86930-743-5
11/2015

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※略歴一覧
*1 Lee Friedlander(リー・フリードランダー)
1934年 アメリカ・ワシントン生まれ。
本書には1960-70年代に撮影された、独特な視点から切り取った作品群を収録。

*2 Burt Wolf(バートン・ウルフ)
1938年 アメリカ・ニューヨーク生まれ。

*3 Garry Winogrand(ゲイリー・ウィノグランド)
1928年 ニューヨーク生まれ。
本書には1950-70年代に撮影された、人々の自然体な姿や表情をさりげなく捉えた作品群を収録

*4 Manuel Alvarez Bravo(マニュエル・アルヴァレス・ブラボー)
1902年 メキシコシティ生まれ。
本書には1920年代末-30年代末、60-70年代と2つの時代で撮影された作品群を収録。
被写体の切り取り方がユニーク。

*5 Walker Evans(ウォーカー・エヴァンス)
1903年 アメリカ・ミズーリ州生まれ。
本書には1930年代に撮影された、街並を写したランドスケープから人物を捉えたポートレイトまで幅広い作品群を収録。

*6 Ron Kitaj(ロナルド・B.キタイ)
1932年 アメリカ・オハイオ生まれ。

*7 David Hockney(デイヴィッド・ホックニー)
1937年 イギリス・ブラッドフォード生まれ。

William Eggleston / The Democratic Forest

Added on by Yusuke Nakajima.

1970年代に「ニューカラー」を牽引し、現代写真史の歴史の一幕を担ったWilliam Eggleston(ウィリアム・エグルストン、1939年 アメリカ・テネシー州メンフィス生まれ)。息の長いムーブメントの先導者はいまだ衰えを知らず、近年だと2011年出版の写真集[Chromes]、翌2012年出版の[Los Alamos Revisited]によって彼のキャリアに対する再評価が推進されています。
その勢いは彼の最も意欲的なプロジェクト[The Democratic Forest]の出版によって、なお継続の一途を辿ることになりそうです。

本書のタイトルともなっている「democracy(デモクラシー=民主主義)」は、彼自身の民主主義的なヴィジョンが引き合いになっています。彼は何よりも気高いものとして、同様に複雑さや重要性を持ち合わす最もありふれた主題としてタイトルに冠することにしました。

10巻セットの本書に収録された1,000点以上の作品は、エグルストンが1980年代に撮影した約12,000点から厳選されたもの。収録作品のプリントが転写されたクロス装丁の書籍が、紺地にレモンイエローの文字が印字されたスリーブケースに納められた佇まいは壮麗です。

視覚的な序章としての役目を託された第1巻にはルイジアナの作品群が並び、その後もエグルストンの旅路で撮り納めた景色が繰り広げられます。彼にとって慣れ親しんだメンフィスやテネシーはもちろん、ダラス、ピッツバーグ、マイアミ、ボストン、ケンタッキーの牧草地、そして遥か遠くのベルリンの壁まで。編集の仕方もさまざまで、地名をそのまま拝借したものもあれば、例えば「The Interior」「The Surface」というように特定の着眼点をテーマにした巻もみられます。いよいよ最終巻では、鑑賞者を南部の小さな町、綿畑、かつてアメリカ南北戦争の戦場だったシロや第7代アメリカ大統領のAndrew Jackson(アンドリュー・ジャクソン、1829年生まれ)の自邸へと連れ戻します。

また、編集者のMark Holborn(マーク・ホルボーン)による書き下ろしの前書きや、女性作家のEudora Welty(ユードラ・ウェルティー、1909年 アメリカ生まれ)によるオリジナルエッセイの再版といったテキストもあわせて収録されています。

アメリカの美術史において先例のないエグルストンの写真を眺めていくと、往々にして叙事詩的小説を読み進めているかのような壮大な気持ちになります。特にその時代を生き抜いた人々にとってはきわめてありふれた日常的な光景、それを自身の感情を介入することなくヴィヴィッドな彩りで淡々と映し出していくおなじみの作風は健在です。
しかし、既に発表されている他の時代に撮影された作品群に比べると、冷戦終結を迎えた激動の80年代という時代を舞台にしているからなのか、ほのかに感傷的に訴えてくるような印象を受けます。おそらく、時代の空気感を的確に捉える視点と表現力に長けた写真家なのでしょう。表現者としてはもちろん、ひとりの人間として鋭い感覚を持ち合わせていることが伺えます。30余年の年月を超えてもなお色褪せることなく、2010年代を生きる私たちの芯の部分にもダイレクトに伝わってくるのです。

未発表の作品群のごく一部のお披露目の機会ともなった本書、その制作に向けた徹底した編集プロセスには3年以上の月日を要しました。「これだけの大規模な仕様でなければ、エグスルトンの成し遂げた功績を存分に表すことができないだろう」という信念に導かれ、ようやく完成しました。
エグルストンのファンならずとも必見のフルボリュームは、収録点数のみならずクオリティの面からしても見応え抜群です。

William Eggleston / The Democratic Forest
Steidl
1328 pages
Four-color process
Hardback / Clothbound in slipcase
315 x 320 mm
Number of items: 10
English
ISBN: 978-3-86930-792-3
11/2015

New Topographics

Added on by Yusuke Nakajima.

第二次世界大戦後、豊かな経済と比例するようにして土地開発が推進されました。人々の生活の舞台は都市部だけでは収まりきらず、どんどん郊外へと広がっていきます。自らの住処や活動拠点を確保するために雄大な自然が広がる野原や森林を伐採し、汎用性が高く整然とした、換言すれば没個性的な建物が雨後の筍のように林立していきました。

こうした社会的にみても大きな変貌の最中にあった1975年、現代美術史においてひとつのターニングポイントにもなった、非常に意義深い写真展が開催されました。

国際写真美術館(The International Museum of Photography)で開催された「New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape(ニュー・トポグラフィクス: 人間によって変えられた風景の写真)」。
本展には、以下の錚々たる顔ぶれが参加しました。
□Robert Adams(ロバート・アダムス、1937年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)
□Lewis Baltz(ルイス・ボルツ、1945年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ)
□Bernd & Hilla Becher(ベルント&ヒラ・ベッヒャー、ベルント:1931年ドイツ・ジーゲン生まれ、ヒラ:1934年 ドイツ・デュッセルドルフ生まれ)
□Joe Deal(ジョー・ディール、1947年 アメリカ・カンザス州生まれ)
□Frank Gohlke(フランク・ゴールケ、1942年 アメリカ生まれ)
□Nicholas Nixon(ニコラス・ニクソン、1947年 アメリカ・ミシガン州生まれ)
□John Schott(ジョン・スコット、1944年 アメリカ生まれ)
□Stephen Shore(ステファン・ショア、1947年 アメリカ・ニューヨーク州生まれ)
□Henry Wessel, Jr.(ヘンリー・ウェッセル・ジュニア、1942年 アメリカ・ニュージャージー州生まれ)

当初は「ニュー・トポグラフィクス」というキャッチフレーズこそ生まれていなかったものの、本展を契機としてこれらのアーティストの作品を特徴付けるための言葉として浸透していきます。

ここで出展された彼らの作品の共通点とは、もとあった自然を侵食して建設された人為的な建造物のある景色が広がっているということ。
ややもすると感傷的になったり、自然回帰を声高に訴えたくなるような衝動に駆られますが、不思議なことに彼らの写真からは情感といった類の温度感がまるで伝わってきません。
表題にもなっている「Topographic(トポグラフィック)」には「地勢学」という意味がありますが、まるで地勢学の関連資料のように、極めてニュートラルな視点から捉える姿勢を徹底しています。

また、(ショアの作品を除き)基本的には人けが全くないというのも特徴に挙げられるでしょう。
人間の手によって生み出された人工物が被写体となる情景に、そのつくり手である人間が欠落している。
この作り込んだようなシチュエーションによって、なんとも言い難い不穏な空気感が募ります。

先人であるAnsel Adams(アンセル・アダムス、1902年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ)らが表現した、あるがままの自然の姿を映し出した既存の伝統的な写真のスタイルから脱却し、写真におけるコンセプチュアルなスタイルを確立することになりました。言うなれば、この段階でパラダイム・シフト(発想の転換)が起こったのです。
ほぼ同時期に、William Eggleston(ウィリアム・エグルストン、1939年 アメリカ・テネシー州生まれ)が代名詞ともなっている「ニュー・カラー」のムーブメントと相まって、晴れて写真が現代美術界の文脈のなかに登場するに至りました。

本書は、センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー、アリゾナ大学、ジョージ・イーストマン・国際写真映画博物館の共同企画により開催された、1975年の展覧会を踏襲する写真展「New Topographics」にあわせて出版されました。
本展は、アメリカ国内(ニューヨーク、ロサンゼルス、アリゾナ、サンフランシスコ)をはじめ、オーストリア、ドイツ、オランダ、スペインを巡回しました。

1975年の写真展から抜粋した作品はもちろん、展示風景や文脈上での対比を織り交ぜた新版となる本書は、作家ごとに章立てた編集や豊かなテキストに加え、本展の写真入りチェックリストと広範囲にわたる書誌目録とを兼ね備えた巻末のアーカイブ資料が収録され、ニュー・トポグラフィクスを理解するうえで外すことのできない完成度の高い一冊です。

New Topographics
Steidl
304 pages
Book / Hardcover
300 x 400 mm
English
ISBN 978-3-86521-827-8
08/2013
※Out of print