Simone Engelen / 27 Drafts インタビュー

Added on by Yusuke Nakajima.

POSTでは、オランダ人写真家Simone Engelen(シモーネ・エンゲレン)の展覧会が開催中です。
今回の展覧会は彼女の最新作品集「27 Drafts」が、オランダの出版社
Fw: Booksから刊行されたことを記念しています。
シモーネはカリフォルニアで留学生として学生生活を送り、その間2人の男性から性被害を受けました。このことは彼女のその後の人生において、人との関わり方を変えただけではなく、親密さという概念に対しての認識が再構築されるきっかけになったと言います。
「27 Drafts」は、事件の10年後にアメリカに戻り撮影した写真や、高校のイヤーブックの画像、Facebookの映像、日記などをまとめて制作した作品集です。
今回のインタビューでは、アメリカでの事件から「27 Drafts」の制作に至るまでの経緯をメインに、作品「27 Drafts」に期待する役割についても伺いました。

アメリカに留学されたのは、高校生の時でしょうか?

はい、そうです。カリフォルニアドリームに憧れがあったので、オランダの高校に在学中、アメリカに1年間行くことを決めました。自分が何をやりたいのかはっきりと見えていたので、とてもワクワクしていたんです。
結局アメリカでの時間は自分が期待していたものとは違うものになりましたが、もちろん良い出来事もいくつかありました。

その後の数年間はアメリカでの事件のことを考えないように、記憶にふたをしてやり過ごしていたのを覚えています。アートアカデミーに通い写真を撮り始めたりと試行錯誤してみましたが、どのように自分の作品を人に伝えたら良いのか迷っていました。同時にヨガのレッスンを初め、それに熱中しながらもアーティスト活動でどのように生計をたてて良いのかわからず、諦めの気持ちも出ていた時期だと思います。
ヨガは自分にとって論理的で新しいものであったので、とても面白く、その後先生になるためのコースを受講し始めました。そのトレーニングの合間に本をたくさん読んでいたのですが、読書から学んだことを記録する際、自分はメモを残したり、スケッチをしたりと、ビジュアルに頼っていることに気がついたんです。その時、作品制作をやめることはできない、ただ作り続けたいと強く感じました。



その後、本格的に写真の勉強を始められたのですか?

はい。St. Joost School of Art & Designの修士課程で写真の勉強を始めました。同じ時期にある男性と交際をスタートしたのですが、彼との関係を深める中で、アメリカでの出来事が自分にとても悪い影響を与えていることに初めて気がついたんです。
そこでこの大学院での2年間を自分に何が起こったのか、しっかりと向き合う時間にしようと決めました。コントロールされること、またその状況から抜け出すことに関するさまざまなプロジェクトに取り組みましたよ。
アメリカでの事件の後、ずっと自分のことが嫌いで、不幸だと感じていました。問題に向き合わず感情的にならないように過ごしていたのですが、これは自分自身を守るためのメカニズムでもあったのだと思います。



「27 Drafts」のことを教えてください。

2016年に博士課程を終了し、翌年撮影のためにアメリカに戻りました。それは事件からちょうど10年後のことで、「27 Drafts」のプロジェクトを始めるための旅でした。
当時はまだ自分が抱える問題から逃げていて、フェミニストとしてこのストーリーを伝えたい自分と、伝えるという行為によって傷つく自分が同時に存在し、この時には思ったように撮影をすることはできませんでした。結局ストレスから摂食障害を起こし、リハビリに通うことになってしまったんです。
旅が自分に与えたダメージから、このプロジェクトには時間が必要だと実感しましたが、この時点ですでにFw: Booksのハンス・グレメンとは連絡を取っていて、小さいブックダミーを一緒に制作しながら、いつか本を作ることをイメージし始めていました。

アメリカでの出来事を家族に話したのは、事件が起こってから7年後のことです。
あれから長い時間が経っても、男性との関係に大きな影響があることや、異性との親密な時間をどう扱うか悩んでいることを家族に話しました。
事件当時はオランダにいた家族に心配をかけたくなかったし、お酒を飲んでいたので自分にも非があると思っていたことから、ただ事件のことを忘れようとやり過ごしてきました。
身近な存在の家族にも長い間話せなかったことが、どれだけ自分が問題に向き合っていなかったのかを表していると思います。
このことが自分の大きなトラウマになったのは、対処せずに逃げていたからだと思うのです。もし事件後すぐに家族に打ち明けていたら、違う結果になっていたのかもと思う時があります。

再度アメリカに戻って、この物語に結末をつけたい。コロナ中にそのような話を母としました。すると母は、私も一緒にアメリカに行くよ、と言ってくれたんです。それは自分にとって大きな安心感を与えてくれた言葉で、母が自分に寄り添ってくれていることを実感した出来事でもありました。

©︎ Simone Engelen

母と一緒に行った2回目のアメリカでのロードトリップでは、楽しいと感じる瞬間が多くありました。もちろん心がぎゅっとなる苦しい瞬間もありましたが、母が泣いているのを見て美しいとも感じたんです。
このプロジェクトを写真で表現した理由はいくつかありますが、そのうちの一つが、加害者の男性の写真が残っていたことです。ハウスパーティーで出会ったこの二人の男性は、もっといいパーティーがあるからと嘘をつき、それを信じてついて行った私は性被害に合いました。この写真は証拠であり復讐でもある、「27 Drafts」の始まりとなった一枚です。
また、私の通っていた学校は美しい山に囲まれた村にあり、その風景も写真の性質に合うのではと思いました。その風景には自分が写真で表現したいムードが漂っていたので、この村で1週間過ごし、車で移動しながら撮影をしました。
その村はとても小さいので、それゆえのネガティブな面も感じました。厳しいキリスト教のルールの中で育てられた子供たちが、青年になりそれに反発するような行動をとっている様子が伺えました。
書籍に収められている写真の多くが、この2022年に行った2回目の旅で撮影したものです。



「27 Drafts」の前に発表された作品「Scripted Life」や「Love Hotel」に関して教えてください。
*「Scripted Life(2015)」
アーティスト、写真家や俳優、また家族や友人などに24時間の行動の指示を出してもらい、それに従って作家が行動した様子をまとめた作品
*「Love Hotel(2016)」
性に関するイメージでカプセル状の展示空間内部を埋め、来場者をその中に招き入れ観覧してもらうマルチメディア・インスタレーション

「Scripted Life」はトラウマに対してどう対処したら良いのかわからなかった時に手探りで行ったプロジェクトです。オランダの美術館FOTODOKでの展覧会のために行ったプロジェクトだったので、彼らのサポートのおかげでさまざまな変わった取り組みを行うことができました。
施設を通じて多くの方がプロジェクトのことを知ってくれたので、私の1日の過ごし方を演出する、たくさんの指示書がメールで届きました。
それは本来自分では思いつかない指示を楽しむというパフォーマンスであるはずなのに、自分の人生を他人にコントロールされているという時間が、受け入れ難いことに気がつきました。皮肉にも無意識のうちに過去のトラウマ体験に向かっていくようなプロジェクトとなっていたんです。

もう一つのプロジェクト「Love Hotel」は、日本との出会いの中で生まれました。
私は、自国と違う文化を持っている日本に常に興味を持っていて、友人たちの間でもそのことは有名でした。
「Scripted Life」を行っている際に、友人がくれた指示が「東京までの片道チケットを買う」だったんです。このプロジェクトは24時間の指示書を他人が自分に出すというものでしたが、結局私は東京に6か月滞在しました。
「白い壁に囲まれた部屋で、24時間誰とも話さないで過ごす」という指示をもらい実行した後、沈黙という行為に魅了されていたので、日本のお寺で行っているような瞑想に興味を持っている時期でもありました。この6か月の東京滞在が、自分が日本に恋するきっかけとなり、それ以来いつも日本を訪れるチャンスを狙っています。



東京では、どのように過ごされていましたか?

神楽坂に住み、AYUMI GALLERYの鈴木歩さんとよく会っていました。彼女はオランダに4年間住んでいて、私と日本とのコネクションでもあったんです。また、大学の論文を書くために多くの時間を費やしており、「Love Hotel」に発展するプロジェクトもこの時始めました。

私はカプセルホテルに2週間滞在していた時期があるのですが、今まで書き続けてきた日記をカプセル内の壁に貼りつけ始めました。これはアメリカでの事件を視覚的に表現した初めてのアクションだったのです。母親のお腹の中にいるような構造物の中で、苦しくて叫びたい気持ちを言葉にすると同時に、自分の中に入ることができる人をコントロールしたいという気持ちもありました。
このアイデアをオランダに持ち帰り、自分の中の暗い感情で埋め尽くしたカプセルを作りました。「My body is a hotel - My body is not a hotel(私の身体はホテルであり、私の身体はホテルではない)」というステートメントを掲げ、私の許可を得て来場者が中に入るというインスタレーションが完成したのです。

©︎ Simone Engelen

個人的な物語を公開することはとても勇気がいることだと思います。それによって人から被害者として見られることに対して恐れはありませんでしたか?

この本が作られた意味は、同じようなストーリーを持っている人が、そのことを人に伝えるきっかけになることだと思っています。
このプロジェクトを始めてから、多くの人、特に女性が「他人に話したのは初めて」と言いながらそれぞれのストーリーを私に打ち明けてくれます。実際にそういう話を聞くととても悲しくなるのは事実ですが、もっと多くのストーリーが語られるべき理由はここにあります。
もちろん性被害の話を公開することで弱い存在として見られることに怖さはありましたが、だからこそ男性のハンスと働くことは自分にとって助けになりました。素晴らしいデザイナーの視点が加わり、生暖かくポルノの要素を持った物語として消費されるのではなく、直接的に事実を伝える作品集に仕上がりました。人が私に憐れみの目を向けるのではなく、パワフルな本だと感じてもらえるようなボーダーラインを守りながらの制作を意識していました。



Fw: Booksを主宰するハンス・グレメンが作る本には、私たちもいつも感銘を受けています。

はい、彼は素晴らしいデザイナーだと思います。2017年にプロジェクトをスタートさせようとしたものの、私の準備ができていないために「27 Drafts」は中断しました。それにも関わらずこのプロジェクトを見捨てずにいてくれてとても感謝しています。
本を印刷する2週間前、突然緊張感に襲われた私は全ての写真を見返しました。そしてそのうちの大半を入れ替えたいと思ったのですが、そんな突発的な変更にも、彼の持っている柔軟性で一緒に差し替え案を考えてくれました。



POSTでの展覧会はどうでしたか?

開催前は興奮と緊張を同時に感じていましたが、とても美しい展覧会が完成して安心しています。自分が物語をシェアすれば、必ず相手からも何かが返ってくると信じているので、展示会場で出会った方々との会話をとても楽しみました。
このプロジェクトを発表できたことがとても嬉しく、人生がひと段落したと感じています。今は私の一部であるこの本を本棚にしまって、何か新しいことを始めたい気分です。新しい人生が始まる予感がしているのは、作品の発表の場があったからこそで、そのことにとても感謝しています。

インタビュー=Kanako Tsunoda